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仙台高等裁判所秋田支部 昭和28年(ナ)6号 判決

原告 京谷仁左衛門

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和二十八年五月十二日施行の秋田県南秋田郡天王町々長選挙の効力に関する訴願について同年十月九日被告の為した訴願棄却の裁決は之を取消す。右選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として原告は昭和二十八年五月十二日施行の秋田県南秋田郡天王町の町長選挙に立候補し落選したものであるが、天王町選挙管理委員会(以下町選管と略称する)による本件選挙の管理執行は選挙に関する規定に違反するところが多く、この違反は選挙の結果に異動を及ぼすことが明らかであるから、請求の趣旨記載のとおり右選挙は無効たるべきものである。而して原告は同年五月二十二日前記の理由により町選管に対し異議の申立をなしたが、同年六月二十四日棄却の決定をうけ即日右決定書を受領したので、同年七月十五日被告秋田県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に対しさらに訴願を提起したところ、同年十月九日棄却の裁決があり即日該裁決書の交付を受けたので、同年十一月六日右町長選挙の無効確認を求めるため本訴を提起したものである。以下順次右違反の事実を指摘する。

第一、本件選挙に於ては投票用紙の印刷、保管、使用に遺憾の点があり、到底選挙が公正に執行されたものとはなし難い。

すなはち町選管が有権者数五、九〇八名に対し汚損或は破損を考慮に入れ投票用紙六、〇〇〇枚の註文をしたことは、選挙事務の慣例として是認されるものであるとしても、本件選挙に於ては少くとも六、〇三五枚程度の投票用紙が使用されたことは、被告県選管の調査によつて明らかになつたところであるが、町選管では印刷された枚数、納入された枚数を確認していないのである。しかしながら投票用紙の枚数管理は選挙の公正なる施行を担保する第一の基礎で、この基礎の上にこそ公職選挙法第三十六条所定の一人一票の制度も維持されるのであり、殊にその一枚毎に町選管の押印を要するのであるから、(公職選挙法施行規則第五条所定の別記第五号様式参照)かかる粗略な取扱が許される理由がない。右は選挙の管理執行の公正を疑うべき重大な瑕疵であり、殊に後記のように本件選挙における投票管理がきわめて出鱈目であつた点を併わせ考えると、定数外に印刷せしめた用紙を不正使用した積極的事実を証明できないとの理由で選挙無効原因にならないとすべきではない。

第二、投票用紙の不正使用

投票用紙の交付数は四、九六八票、正規の投票は四、九六〇票であるから投票所において八票が何者かによつて持ち去られている。しかも開票の結果は正規外のノート片、西洋紙片八票があらわれて奇しくも交付数と一致した。これは最初八名の者が投票用紙の交付を受け記入に際して予て持参の紙片とすりかえ、該紙片に記入して之を投票函に投入し、投票用紙を隠匿して投票所外に持出しこれに「二田」名を記入して投函させその者の投票用紙を持出させ順次同一の要領をもつて「たらい廻し」したことが容易に推定される。これは積極的な立証をなすまでもなく、町選管の委員長(選挙長)委員または管理者若くはその職務代理者、事務担当者二田派の運動員が一派一体となつて操作しなければ不可能な事であるところ、町選管の委員長二田亮等は二田候補の当選を得るため故意にこれを強行しまたは故意に看過したもので、これは町選管の本件選挙の管理執行に重大なる瑕疵あるものといわねばならない。また出戸投票所においては、選挙人米屋キヱの名義をもつて他人に投票せしめた事実がある。これも二田委員長等の共同操作による重大なる瑕疵である。

第三、選挙の公正阻害

町選管の委員長(同時に選挙長)二田亮並びに出戸投票区投票管理者菊地徳治郎、天王投票区職務代理者藤原金光、町選管職員(事務担当者)後藤基治、加藤孫一郎、畠山輝雄等が右二田亮の実父である二田是儀候補の選挙事務所へ出入しまたは同候補の演説会場へ随行しその他同候補のために選挙運動をなし他方京谷候補(原告)の選挙運動を妨害した事実がありこれは公職選挙法の明文に違反するのみならず、本件選挙の執行された天王町の如き有権者六千名程度の町において右のような違法行為が行われることは選挙の公正を害し、その結果に重大なる影響を及ぼすものである。その具体的な事実は次のとおりである。

(一)  昭和二十八年五月五日午後七時頃から天王町天王劇場において二田候補の演説会が開催されたところ、委員長二田亮はその実父二田候補の当選を目的として前記加藤孫一郎、藤原金光、後藤基治、畠山輝雄等を率いて之に随行し、しかも聴衆を装い聴衆席に混入し自ら「うんと彌次れ彌次れ」と煽動しこれを二田委員長とは知らず不用意に之に雷同し彌次を飛しその他反二田の言動をなした伊藤道雄外数名に対し二田派の暴力団員数名を指揮して殴打その他の暴行を加えしめた。

(二)  同年五月六日午後八時頃、天王町下出戸神社前における二田候補の演説会場においても(一)の場合と同様の暴行がなされた。二田委員長は右(一)に記載した四名を伴つてこれに臨み船木忠治郎、後藤勝蔵等の二田派暴力団を指揮し聴衆中二田派に反対する言動あるものを殴打し殊に佐々木幸二郎、佐々木清治郎の両名に対し暴行を加えさせ流血沙汰を惹起したものであり、その際これを制止し或は捕捉せんとした警察官から加害者をもぎ取りその公務の執行を妨害し「逃がせ逃がせ」と指図して逃走させ、同事件終了後二田候補が下出戸部落選出の町議会議員(二田派)加賀谷幸太郎方に立寄つた際にも之に随行している。

(三)  同年五月十日午後九時頃天王町二田駅前鎌田旅館(京谷候補の選挙事務所)に二田委員長自ら二田候補の選挙運動員十数名を随えて押しかけ、「今お前の宅で京谷派は大酒宴をやつているぞ、中を見せろ」などと暴言をはき同旅館の主人及び京谷候補の選挙運動員に対し多衆の威力を示して脅迫し、京谷候補の選挙運動を妨害した。

以上のように委員長、投票管理者、町選管の職員などが二田候補派の暴力団と気脈を通じ暴力をもつて二田候補に反対する者を制圧しまたは京谷候補の選挙運動を妨害するなど本件町長選挙の自由と公正を破壊したので、かゝる町選管により不公正にして暴力横行中に執行された右選挙の無効であることは明らかである。

第四、選挙関係事務従事者の組織及び投票所の管理人、設備の不公正

(一)  本件選挙は天王町町長であつた原告に対する解職請求の成立によつて執行されたものであるところ、二田委員長が右解職請求を推進した陰の人であることは周知の事実であり、この委員長が自ら選挙長となり、町選管の委員、投票開票管理者、同職務代理者、職員(事務担当者)には解職請求の首謀者または請求代表者、執務者などを任命しこれ等の者は執務時間中でも二田候補の選挙事務所に出入し町選管の職員はすなわち二田候補派の運動員であり町選管の事務所はすなわち二田候補派の選挙事務所たる観を呈し町選管の事務執行も派閥的となり二田派に非ざる安田甚吉委員に対しては会議に参与させないようにつとめ、同委員の不在の時をねらつて即時開会の電話通知をなしたり、また会議の当日開会数時間前に突然当日付の書面で通知をなしたりして到底出席しかねる状態であり、また同委員が定時に出席しても他の委員等が故意に数時間も遅刻するので待ちかねて帰宅するとその後に二田委員長や他の委員(又は補充員)が忽ち何所からか現れて「安田委員欠席」として決議をなし、なお常に安田委員の欠席を前提として三名の正委員をもつて会議をなすべき地方自治法第百八十九条の規定を無視し一里余も離れた所に住む三浦周治補充員または佐藤久代蔵補充員(共に二田派)を招集待機せしめ上記のように安田委員の不在を計つて電撃的に開会して自己の意思どおりの決議をなさしめ来つたものである。かような事務執行の下になされた本件選挙は選挙管理委員が一党派その他の勢力に偏らないことを基本とした選挙法の趣旨に照しても、その公正を害するものとして無効たるべきは当然である。

(二)  つぎに昭和二十八年五月二日開催された天王町選管の会議において、二田委員長は、金子敬治(正委員)三浦周治(補充員)の両委員に対し同委員長の実父二田候補の当選を計る目的でいづれも二田候補支持の菊地徳治郎を出戸投票所の、安田堅之助を羽立投票所の、佐藤久代蔵を追分投票所の、三浦周治を二田投票所の、金子敬治を天王投票所の各管理者に、藤原金光を天王投票所管理者の代行者に選任する旨の原案を示しこれに賛成を求め、その旨の選任決議をなさしめ、また各投票所の投票立会人については金子、三浦両委員をしてその選任を同委員長に一任する旨の決議をなさしめかくて同委員長において指名選任したものである。同委員長の右所為は町選管の本件選挙に関する議事に参与したものといわねばならない。ところが地方自治法第百八十九条第二項によると選挙管理委員会の委員長は自己又は父母等の一身上に関する事件についてはその議事に参与することができないのであるから投票管理者、投票立会人の選任につき被選任者を指名したりまたはその指名を委員会から一任されるなど議事に参与することは厳禁されているのであり、これに違反し二田委員長が関与した前記五月二日の前顕決議などは無効となすべきである。

また二田候補の立候補後はその実子である二田亮は委員長として町選管を代表したり、選挙長に選任されその事務を執行することは禁止されているものといわねばならない。以上のとおりであるからこの無効な決議によつて選任された投票管理者その代行者並びに投票立会人によつて執行され且二田亮が自ら委員長または選挙長となつて管理執行された本件町長選挙はその手続全体に瑕疵があり当然無効となすべきである。尤も形式的には二田是儀の立候補届出は前記決議のなされた日の翌三日午前八時三十分町選管において受理したこととなつているが、委員長二田亮は二田是儀と父子の関係であるから右父が立候補の意思を確定し選挙の準備万端が整備したことを確認して前記五月二日の委員会を招集したものというべく、しからば同日の委員会はいわゆる一身上の事件についての議事が審議されるものであるから同委員長は之に参与すべきではなかつたのである。

(三)  公職選挙法第七十五条第三項によると選挙長は本件選挙の選挙権を有する者のうちから町選管が選任すべきである。しかるに町選管は前記五月二日の委員会において選挙日の決定、不在投票に関する処置、投票管理者その代理者の選任をなし、投票立会人の選任を二田委員長に一任する旨の決議をなしたのみで、選挙長及び同法施行令第八十条所定の職務代行者の選任決議をなした形跡はない。ところが同委員長は二田候補の選挙を有利にするため単独で自己を選挙長に、訴外伊藤倉之助をその職務代行者に選任した旨告示し自ら選挙長として本件選挙の事務を担当し、各候補に対する投票を計算し二田候補の当選を決定した。すなわち本件選挙の選挙会はこれを主宰した選挙長が適法な手続によつて選任されたものでないから、選挙に関する規定に違反したものであり従つて本件選挙は全部無効として取消さるべきものである。

仮に町選管が右選挙長の選任決議をなしたことがあるとしても、前叙のとおり地方自治法第百八十九条の法意により父二田是儀の立候補した選挙会の選挙長にその子二田亮が就任することは許されないところであり、その子二田亮が選挙長となりその父二田是儀の当選を決定した本件選挙は全部無効となすべきである。

(四)  投票所の設備、管理人選任の不当

二田委員長は京谷候補に対する投票の減少、二田候補に対する投票の増加を図る目的をもつて投票管理人の選任に当り二田派に属する各部落の有力者を選任配置したことは前叙のとおりであり菊地徳次郎を出戸投票所の、安田堅之助を羽立投票所の、佐藤久代蔵を追分投票所の投票管理人となしたようにきわめて不公正な措置に出たのみならず、投票所の設備の点においても不公正な処置が多い、すなわち投票管理者の席を立会人、選挙事務従事者よりも選挙人が投票用紙に候補者の氏名を記載する場所及び出入口に最も近接する個所に設け、管理者において選挙人が候補者の氏名を記載する状況を判然と看取し得るようにし、よつて選挙人に対し二田候補に投票するよう心理的に強制する方法設備を講じたものである。斯の如き投票所において、本件選挙の投票総数四、九七四票中出戸投票所分六九六票、羽立投票所分八六六票、追分投票所分四三二票、合計一、九九五票の投票をなさしめ、殊にその住家を追分投票所と指定した成田亀之助は反京谷派に属し前記解職請求の運動をなした者であり今回特に同人方を投票所と指定したものである。斯る投票所の設備は選挙人の自由意思を拘束し無記名投票の精神を没却し蹂躙する違法の設備であるとなさねばならないので、この設備が二田委員長または投票管理者の悪意によると否とに関係なく設備自体が選挙の公正を阻害し本件選挙を無効ならしめるものというべきである。

第五、代理投票に関する不公正

(一)  本件選挙においては三百数十票の代理投票があるのに、その代理投票の詳細については本件投票録に何等の記載もない。しかし公職選挙法施行規則第十四条所定の二十四号様式の投票録に代理投票の詳細が記載さるべきであるのに全投票所にわたりその記載がない。これは本件選挙の管理執行の重大なる瑕疵といわねばならない。

(二)  さらに出戸投票所の代理者と指定された町選管の佐々木兼吉書記は選挙人佐々木チエから投票用紙に「京谷」と代書することを依託されながら「二田」と記載したため公職選挙法違反として罰金五千円に処せられたが、これは同投票所の投票管理者菊地徳治郎代理投票立会人菊地金之助等(共に二田委員長が指定任命したもの)が共謀しこれを看過し投票せしめんとしたものであり、また

(三)  二田委員長は本件選挙当日投票所に出頭不能な者から入場券を取上げさせこれを他人に利用させて替玉投票をなさしめた疑がある。現に塩口部落の桜庭ナミ、桜庭金之助方佐藤兼造の両名は当日不在であつたのにその入場券は取上げられ他に利用された形跡がある。以上の事実を考え合せると本件選挙の公正が著しく害されていたことが明らかであり、如何にしても本件選挙の効力を維持すべきものではない。

第六、不在者投票管理の欠陥

(一)  不在者投票は公職選挙法第四十九条によつて不在者投票管理者の下に投票させなければならない。しかるに昭和二十八年五月三日天王町天王部落の安東健蔵が町役場に出頭し不在者投票をなしたが、その際町選管の臨時職員後藤基治、加藤孫一郎のみが立会人を兼ねてこれに当り町選管の二田委員長は不在であり、不在者投票管理者なくして投票がなされ、また不在者投票函及び鍵も右職員が自由に扱つていた。

(二)  出戸投票所における武田タカの投票。同人は基本選挙人名簿及び補充選挙人名簿にも登載なく選挙権はないのに同投票所においては右名簿と照合せず投票をなさしめたのである。

(三)  不在者投票用紙並同封筒請求書の取扱の失当

(イ)  本件選挙期日の告示は昭和二十八年五月二日なされた。ところがこれよりさき町選管では法定の最短制限期間によつて本件選挙期日を告示する模様があつたので不在者投票を希望する遠隔地滞在者は郵便の往復などに要する時間を考慮に入れ昭和二十八年四月二十七、八日頃別紙不在者投票請求書受理後返戻者調記載の四百六名から書面で不在者投票用紙などを町選管に請求した。町選管は県選管と協議の上告示前であるため一時右請求書を預り置き告示後正式に受理したにも拘らず二田委員長は右請求者等が京谷候補を支持する選挙人であることを察知し神田平次郎書記に命じ一旦受理した右請求書を告示後の五月三日に返戻した。これは同委員長が職権を濫用し一旦適法に受理した不在者投票用紙等の請求を京谷候補の投票減少、二田候補の当選を図る目的の下になした措置であり、明かに町選管が選挙人の投票を故意に妨害したもので本件選挙は無効である。

(ロ)  選挙管理委員会が不在者から投票用紙並びに封筒の請求を受けた場合、公職選挙法第四十九条、同法施行令第五十二条所定の証明書の添付がある限り該証明書の真否に関し特に実質的の審査をなすまでもなく同令第五十二条第二項第五十三条により直に投票用紙及び封筒の交付、または発送をしなければならない。けだし不在者の投票はその選挙人の人名簿を保管する選挙管理委員会の投票箱の閉鎖されるまでにその投票所に送致されるよう取扱うべきものでありもし請求を受けた委員会が時日を遷延し用紙等の交付発送を遅延すると選挙人の投票を拒否し選挙を妨害する重大なる結果を招来するからである。請求書添付の証明書その他の形式にある程度の瑕疵があるとしても、一応不在者としての投票用紙等請求の意思が認められる限り直ちに交付発送することが要求される。これは不在者の投票は勤務地、滞在地の選挙管理委員会において該不在者の自由意思によつて無記名投票がなされるので不在者の投票であるため特に選挙人の自由意思に反して投票が強制されるものではないからである。従つて証明書の印影が不明であるとか、請求人名下の印影と他の請求者の印影とが似ているとか数人からの請求書の用紙が同一印刷物であるとか請求者の氏名が代筆であるらしいとか、請求書の封筒にある郵便局の消印が不在者の勤務地滞在地と一致しないとかだけでは毫もその請求を拒否する理由とはならないものである。

(ハ)  原告は昭和二十六年四月二十三日以来前記天王町町長の職にあつたものであるが、同町では原告の町政運営に関し反対する者あり昭和二十七年六月以降町長解職請求一回、町議会議員解職請求二回行われこれはいづれも不成立に帰したが、昭和二十七年十一月再度伊藤達蔵外百五十九名が代表者となり町長解職請求の署名運動をなし、原告から異議の申立をしたところ、二田亮を委員長とする町選管はこれを却下したので、秋田地方裁判所に署名簿無効確認の訴が提起され同裁判所の仮処分によつて解職請求の賛否投票が停止された。その後同年中引続き沼田竹造外七十八名から同一理由で原告に対する三度目の解職請求がなされこれに対し原告から提起された署名簿無効確認の訴訟中の昭和二十八年三月二日委員長による賛否投票がなされ、該選挙の結果僅に百余票の差で原告の解職が成立した事情があり選挙人中誰が京谷派であるか反京谷派であるか殆ど明瞭になつていたのである。また天王町には毎年四、五、六月頃北海道、京阪地方に出稼する季節労働者が多く約七百名に上るが、これ等の不在者は解職請求の結果により法定期間内に町長選挙のあることを期待し不在者投票をなす意思で出稼したのである。二田委員長はその投票が完全に行われた場合は京谷候補が絶対的優勢をもつて当選する実情下にあることを察知していたからこれを阻止する目的をもつて、不在者投票用紙等の請求を受けた場合、いささかでもその請求書が京谷派の選挙人かまたは同派の者の代筆または同派の者が関係した疑が存するものは極力拒否することとし、その手段として実質的審査に、または告示前の請求に名を藉り告示前の請求書凡そ四百通は一旦之を受理し且つその選挙事務指導の地位に在る秋田地方事務所から告示前の請求書も之を返戻せず保管し告示後受理して投票用紙を発送すべき旨指示を受けながら(これは昭和二十六年以来自治庁及県選管の取扱例である)故意に告示前の請求なりとの理由の下に二田委員長は職権を乱用し神田書記に命じ不在者以外の第三者である石黒兼造、京谷仁太郎に告示の前後にこれを返戻させ折角投票用紙等の送付を期待した請求者四百余名をして遂に不在者投票の機会を失わしめた。また別紙不在者投票調査書抜萃記載の藤原兼太郎外三十七名からなされた告示後の請求に対しては故意に実質的審査に藉口し三十余通を選挙の前日である五月九日に形式的に発送し因つて不在者の選挙権行使を拒否した。その結果、郵便により選挙期日までに不在者投票が到着したものは僅かに三名で、それは何れも秋田市内の病院の入院患者であり、いわゆる出稼者、労働者の不在者投票で受理されたものは一票もない。右の事実は中立公正なるべき町選管が自ら企画設計して不在者投票を請求する選挙人の選挙権の行使を拒否したもので選挙の公正を阻害すること甚大であり本件選挙全部を無効ならしめるものである。殊に有権者総数五、九〇八、二田候補二、六三六票、当選。京谷候補(原告)二、三一八票、落選。その差三一八票であるから上記の四百名以上の不在者投票の拒否は選挙の結果に異動を及ぼすことが明白である。すなわち本件選挙には無効原因が存するものというべきである。

なお羽立投票区の安田吉徳、天王投票区の菊地勝弘は不在者投票用紙等の請求をなしたが右投票用紙等が稼働先に到着しなかつたので帰郷し投票所に赴き投票用紙を請求したところ、すでに投票用紙の発送済を理由として拒絶された。これは公職選挙法第五十三条の規定を無視した違法な処置であると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告が本訴請求原因として主張する事実中本件選挙期日の告示が昭和二十八年五月二日なされたこと。原告がそれぞれその主張の日に異議、訴願訴訟を提起しその主張のような決定、裁決があつたことは認める。つぎに右請求原因事実の第一につき。町選管の投票用紙の受払が不明確であり、事務取扱上粗雑の点があつたことは認めるが、不正事実がない限りそのことのみで選挙の効力に影響があるものではない。

町選管から投票用紙六、〇〇〇枚の註文をなしたのに対し、六、〇三五枚の納入があつたのは事実であるが、これは印刷所が刷損などを考慮し余分に納入したものにすぎず、三五枚は厳に区別し保管している。全然不正使用の事実はないのでこの点から選挙無効を主張するのは失当である。

同じく第二について。投票用紙の不正使用の事実はない。尤も投票函に投票用紙でない紙片八個が混入していた事実はあるが、原告が主張するような「タライ廻し」の事実はない。投票者数は四、九六八人、投票総数は四、九七四票であるから交付枚数と投票の数とは一致しない。同じく第三について。右第三の(一)(二)(三)の事実は認めない。仮に原告主張の右第三の事実があるとしても、それは公職選挙法第百三十六条第二百二十六条違反であり、その違反をなした委員長、臨時職員個人が処罰さるべきものであり、これは同法第二百五条にいわゆる「選挙の規定に違反すること」に当らない。同じく第四について。右はすべてこれを否認する。仮に投票管理者、その職務代理者、または事務従事者につき特定候補に対し有利な人選がなされたとしても、其等の者の選挙の管理執行につき誤がない以上、その人選は不適当であつても、選挙に関する規定の違反とはならないし、また安田甚吉委員の町選挙への不出頭は個人的理由によるものである。さらに原告は二田委員長の議事参与を非難するが、それは地方自治法第百八十九条第二項の解釈を誤つたもので、同条項により除斥されるのは当該個人にとつて直接且つ具体的な利害関係ある事件に限られるべきであつて本件の如きは委員長二田亮の、またはその父二田是儀の一身上に関する事件に該当するものではない。同じく第五について。右はすべて否認する。一般に代理投票に関する手続違反は当選争訟の原因たるべきもので、選挙無効の原因とはならない。これは判例理論からみて明らかである。以上第三乃至第五の事実ありとしても選挙の効力に関する争訟の原因となるものではない。つぎに同じく第六について。原告に対する天王町長の解職請求、異議申立、署名簿無効確認訴訟仮処分に関する事実関係告示前の不在者投票用紙等の請求に関する秋田地方事務所の指示はみとめるが、その余は否認する、特に天王町の農漁民若くは出稼者の如きは町長選挙に対し強烈な関心を有するものではなく、原告が右出稼者などは京谷派反京谷の色彩が明瞭であると主張するのは何等の根拠もないし、また町選管が選挙期日の告示前に到着した不在者投票用紙等の請求書約四百名分を一旦受理して石黒兼造等に告示の前後に返戻した事実はない。なお不在者投票に関する規定の違反があつたことは認めるがそれは結局個々の投票の有効無効の問題であり、選挙の効力に関する争訟の原因となるものではない。そもそも不在者投票用紙並びに同封筒の請求には公職選挙法施行令第五十三条により同法第四十九条掲記の事由により選挙の当日自ら投票所に行き投票できないと認められるときで同施行令第五十二条の手続により事由該当の証明書添付を要する。原告主張の請求者三十八名についてはそれぞれつぎのような疑義があつた。(1)請求書及び証明書の用紙は数名宛一括して同一人が記載した。(2)大部分が証明者の記載も請求者の記載も同一筆蹟である。(3)請求者、選挙人でない第三者によつて記載されている(不起訴記録によつて明白。)(4)一請求者の印鑑と他の請求者に対する証明書の印鑑と同一のものがある。(5)業務主が法人か個人か証明者の資格の有無が明らかでないものが多数ある。(6)証明書の作成者すなわち証明者は旅行先または滞在地の市町村長でなければならないのに個人であるものがある。(7)郵便による請求の場合、投函地は北海道よりの請求が秋田局の消印または鉄道郵便局の消印等のあるものが多い。(8)原告が昭和二十九年五月十七日の弁論に於て証拠調申出書に添付した三十八名の不在者投票用紙請求者の請求はいづれも法定の要件を欠き違法である。以上のようであるから町選管に於てはその適法違法の調査に日時を要したため急速に投票用紙等を発送することはできなかつた。けだし違法な手続による不在者投票は無効であるから後日に累を残さないよう慎重調査をなしたものである。なお原告主張の如く不在者投票用紙等の請求の受理またはその交付に際しては請求者または提出者の資格につき実質的審査をなすことを要しない。しかし形式的審査は当然にこれをなすを要する。不在者投票用紙の交付または受理の瑕疵はその請求者数、その投票数が判明する限り選挙の有効無効を来さないこと判例の示すところであるが、ときに当選に異動を来す虞を生じ明らかに不正なる証明書、町村長の証明を要する場合に個人の証明書、会社代表者の証明を要するのにその表示を欠くが如きは選挙管理委員会の職務として形式的審査をなさなければならないものである。町選管においてはその職務上当然の審査をなし、さらにこれを秋田地方事務所総務課長大野武雄、町村指導係菅野久雄等の指導の下に処理して遺漏なきを期したものである。しかも町選管は前記のような瑕疵にも拘らず不在者投票用紙などを送付し請求者の権利行使の万全を図つたのであると陳述した。

(証拠関係省略)

理由

原告が昭和二十八年五月十二日執行の秋田県南秋田郡天王町の町長選挙(以下本件選挙と略称する)に立候補し落選したこと。原告が同年五月二十二日天王町選挙管理委員会(以下町選管と略称する)に対し右選挙の効力を争い異議の申立をなし同年六月二十四日棄却の決定書の交付を受け同年七月十五日被告秋田県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に訴願を提起し同年十月九日棄却の裁決書を受けたのでさらに同年十一月六日右町長選挙の無効確認を求めるため本訴を提起したことは当事者間に争がないところである。

原告は本件選挙の管理執行が選挙の規定に違反するところが多いと主張し各種の事実をあげるので順次これについて判断する。

第一、投票用紙の印刷、保管、使用の不公正の主張について。

町選管が本件選挙のため投票用紙六、〇〇〇枚の印刷を注文したことは当事者間に争のないところであり、右選挙の選挙人総数(有権者)が五、九〇八名であつたことは証人小山孫十郎の証言によつて明らかであるから、右注文枚数は選挙人総数と対比し必ずしも多きに過ぐるものでないことは吾人の経験則に照してこれを認め得るところであるが、町選管において右注文を受けた印刷所が印刷した枚数、及びこの印刷所が納入した枚数を確認する手続を採つたことはこれを認めるに足る証拠はない。しかしながらこの点のみをもつて直に本件選挙の管理執行が公正を欠いたものとなすのは失当であり選挙の結果に影響を及ぼすものとも認め難いので原告が右の瑕疵をもつて本件選挙を無効ならしめるものとなす主張は採用できない。

第二、投票用紙の不正使用の主張について。

本件の投票中に正規の投票用紙に非ざる紙片を使用したもの八票が混入していたことは当事者間に争のないところである。しかしながら原告の主張するようないわゆる「たらい廻し」その他投票不正使用の事実は勿論、町選管の委員長、委員、職員等が共同加工し右「たらい廻し」その他の不正使用を故意に強行しまたは看過した事実はこれを認めるに足る何等の証拠もない。よつてこの点において本件選挙の管理執行に重大なる瑕疵ありとなす原告の主張も採用できない。また原告は出戸投票所において米屋キヱの名義をもつて他人に投票せしめた旨主張する。成立に争のない甲第一号証、同第三号証、証人米屋キヱの証言中には右主張に沿うような部分があるけれども、これはたやすく措信できないところでありその他に該主張を肯認するに足る証拠はないのみでなく却つて証人菊地徳治郎、同戸田チヱの証言によると、本件選挙の当日出戸投票所において選挙人米屋キヱが投票せんとしたところ、関係帳簿にはすでに同人に投票用紙を交付した旨記載されているので、係員が精査した結果、前にキヱと称する女が投票に来たとき係員がこれを同名の米屋キヱと誤り米屋キヱに投票用紙を交付した旨帳簿に記載したものであることが判明したので米屋キヱにも投票させたことを認め得るからこの点については何等違法の点はない。

第三、選挙の公正阻害の主張について。

成立に争のない乙第六号証の四、六、八、十、十二、同第二十七号証の一、証人京谷仁太郎の証言(一部)を総合すると、町選管の委員長二田亮は本件選挙運動期間中数回天王町二田の海老沢勝治方の二田候補の選挙事務所に立入り、町選管の臨時職員後藤基治は二田候補の右選挙事務所に二、三回出入し、昭和二十八年五月三日頃同候補の演説会場(数個所)に赴いたこと、天王投票区投票管理者の職務代理者藤原金光が同候補の演説会に参加しその選挙事務所に出入したことを認めることができるが、右各証拠によると二田委員長は本件選挙には全く関係ない用件のため右選挙事務所に出入したものであり、また後藤基治は演説会場表示の看板を持参し該選挙事務所に立入り、また一般聴衆と同様演説を聴くため右演説会場に赴いたものであること。藤原金光は当時前叙のとおり投票管理者の職務代理者ではあつたが公職選挙法第百三十六条所定の選挙運動の絶対的禁止を受ける特定公務員ではなかつたことを認めることができるので右二田、後藤、藤原の三名の前記の所為あるため(右三名の刑事責任の問題は格別)本件選挙自体を無効となすことはできない。けだしこれにより本件選挙の結果に異動を来すものとは認められないからである。なお原告は町選管職員加藤孫一郎、畠山輝雄、菊地徳治郎等の二田候補選挙事務所への出入、同候補演説会への追随、京谷候補の選挙運動の妨害を主張するがこれを認めるに足る証拠はなく、また原告が第三の(一)(二)(三)として主張する事実については冒頭に認定したところを除きその他にこれを認め得る資料はない。(前顕京谷仁太郎の証言中には以上の主張に沿うような部分があるけれどもこれはたやすく措信できない。)

第四、選挙関係事務従事者の選任及び設備等の不公正の主張について。

(一)  選挙関係事務従事者に関する不公正の主張について。

本件町長選挙は昭和二十六年四月以来前記天王町長の職にあつた原告に対する第三回目の解職請求が成立したため行われたものであることは当事者間に争のないところであり、しかも該選挙当時の町選管の構成をみるに委員長二田亮は二田候補の子で、右解職請求を推進したもの、委員金子敬治は同候補支持者、同安田甚吉は原告支持者、補充員三浦周治、同佐藤久代蔵は共に二田候補支持者であり、安田委員欠席のため右補充員を招集して委員会を開き決議したことが多かつたこと。昭和二十八年五月二日の委員会は二田委員長、金子、三浦両委員をもつて構成し選挙日を同年五月十二日と定め、投票管理者、その職務代理者、選挙長などの選任につき審議しいづれも右町長解職請求の賛成者で二田候補支持の菊地徳治郎を出戸投票所の、安田堅之助を羽立投票所の、佐藤久代蔵を追分投票所の、三浦周治を二田投票所の、金子敬治を天王投票所の各投票管理者、藤原金光を天王投票所の投票管理者の職務代理者に選任し、投票立会人については二田、京谷両候補からの申出に基き決定することを同委員長に一任する旨決議したこと。同委員長が右決議に基き選任した投票立会人には二田候補支持者が多かつたこと。町選管の職員後藤基治、加藤孫一郎、畠山輝雄等が二田候補の支持者であつたことは成立に争のない甲第十二号証、同第十四号証、証人安田甚吉(第一、二回)同京谷仁太郎(第一乃至第三回)同佐々木吉之助(第二回)、同鈴木礼吉、同山本長九郎、同大庭海平の証言によつて認め得るところでありこれを覆すに足る証拠はない。以上のとおりであるから本件選挙の投票管理者、その職務代理者、投票立会人、町選管の職員の選任が二田候補に有利な人選であつたものというべく、これは選挙が公正な管理執行を要する点にかんがみ不適当であつたとは認められるが、これのみをもつて本件選挙の管理執行が選挙の規定に違反したものとはなし難く、また町選管の事務執行が派閥的で町選管の職員が二田候補の運動員であり町選管の事務所が同候補の事務所たるの観を呈したことはこれを認めるに足る証拠はないし、また安田甚吉委員が昭和二十八年五月二日の委員会に欠席したのは病気のためであることは、証人安田甚吉の証言(第二回)によつて認め得るところであり、この認定を覆すに足る証拠はない。しからば原告の右第四の(一)の主張も採用できない。

(二)  町選管の委員長二田亮が昭和二十八年五月二日の議事に参与したのは地方自治法第百八十九条第二項に違反し同日の決議は無効であるとの主張について。

町選管の委員長二田亮が本件選挙の候補者二田是儀の子でありその間父子の身分関係があることは弁論の全趣旨に徴し当時者間に争のないところである。而して前段に認定したとおり同委員長は原告主張のように町選管の前記昭和二十八年五月二日の議事に参与したものであるが、これによつて同日の委員会における投票管理者その他の選任に関する決議が無効であるとなすのは失当である。けだし地方自治法第百八十九条第二項にいわゆる選挙管理委員会の委員長の自己またはその父の一身上に関する事件とは当該委員長またはその父が個人的に直接且つ具体的の利害関係を有する場合を指すものであり、本件におけるように一般的に投票管理者、投票立会人、選挙長などを選任し或はその選任を委員長に一任する旨の決議(この決議が二田候補の立候補前になされたことは原告の自ら認めるところである)をなす場合は包含しないものと解すべきであるからである。よつて右選任決議の無効を前提とする原告の主張は採用できない。なお選挙管理委員会の委員長はその父が立候補した選挙に関しては一般的にその職務の執行から除斥せられ或はその選挙長となることを禁止されるものとなす法規上の根拠はないので、原告が二田亮の委員長または選挙長として管理執行した本件選挙は当然無効となすのは理由がない。

(三)  選挙長選任決議の欠缺、無効の主張について。

成立に争のない甲第十四号証、証人二田亮の証言並びに弁論の全趣旨によると、町選管の昭和二十八年五月二日の委員会において本件選挙の選挙長を委員長二田亮となす旨の決議がなされ、該決議に基いて二田委員長において自己を選挙長として告示したことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はなく、さらに右決議が地方自治法第百八十九条に違反するものでないことはすでに説明したところであるから、原告の選挙長選任決議の欠缺または無効の主張は採用できない。

(四)  投票管理人選任、投票所設備の不公正の主張について。

本件選挙における出戸投票所の投票管理者菊地徳治郎、羽立投票所の投票管理者安田堅之助、追分投票所の投票管理者佐藤久代蔵はいづれも本件選挙の前になされた京谷(原告)町長解職請求の署名者または推進者で二田候補の支持者であることは前に認定したところであるが二田委員長が特に京谷候補の投票の減少、二田候補の投票の増加を目的として右管理者の選任をなしたものと認め得る資料はないし、また右の一事をもつて選挙の管理執行が選挙の規定に違反するものとなし得ないことは勿論であり、検証の結果によると本件選挙の投票所のうち追分投票所は主要食糧配給業海山徳之助方の店舗をもつてこれに当てたものであることが認められるところ、証人大庭海平の証言によると投票管理者席から投票記載所で投票に候補者氏名を記載している選挙人の後姿を見ることができるのみならず、その手の動き方などから選挙人が記載する文字をも推測することができるようにみえるけれども、検証の結果によると、右管理者席から投票記載所までは少くとも約八尺の距離がありしかも管理者席にある管理者が特に背後を向きのぞき込まない限り選挙人の後姿を見ることはできない状況であつたことが認められ、また証人山本長九郎の証言によると右投票所の附近には他に投票所として使用し得るような適当の公共的または個人的施設なくこの店舗が従来から度々投票所として使用されていたことを肯認するに足り、また検証の結果によると原告指摘の出戸投票所(出戸小学校教室)及び羽立投票所(羽立青年公民館)における投票管理者席と投票記載所との距離は前者においては少くとも約十二尺、後者においては少くとも約十四尺あり投票管理者席の位置は決して不適当でないことが認められるので、右三投票所の設備自体が選挙人の自由意思を拘束し、無記名投票の精神を没却するものとはなし難いところであり、右認定を覆すに足る証拠はないので原告が右三投票所の設備そのものが選挙の公正を阻害したと主張するのは失当である。従つて原告がこの点から本件選挙を無効となす主張は採用できない。

第五、代理投票に関する不公正の主張について。

(一)  本件選挙において代理投票が多数あつたことは証人佐々木吉之助の証言(第一回)によつて認め得るところである。而して公職選挙法施行規則第十四条によると代理投票についても投票録中に選挙人及び補助者の氏名その他の事項を記載することを要することが明らかであるから、仮に本件選挙の投票録中に所定の記載がないものとすると選挙の管理執行が選挙の規定に違反することは勿論であるがこの瑕疵だけでは本件選挙の結果に影響を及ぼすものとはいえないから、選挙無効の原因とはならないものとなすべきである。

(二)  出戸投票所の投票管理者菊地徳治郎から投票の代書を依託された同町役場書記佐々木兼吉が本件選挙の当日、同投票所において選挙人佐々木チヱから投票用紙に「京谷」と記載するよう指示されながら故意に「二田」と記載したこと、右兼吉が公職選挙法第二百三十七条の二違反として罰金五千円に処せられたことは成立に争のない甲第二号証の一、二、同第三、四号証、証人京谷仁太郎(第一回)同佐々木吉之助の証言によつてこれを認め得るところであるが右投票管理者菊地徳治郎、投票立会人菊地金之助等が共謀し佐々木兼吉の右公職選挙法違反の所為を看過した点についてはこれを確認するに足る資料はないので、これをもつて直に本件選挙の管理執行に重大なる瑕疵ありとなすことはできない。

(三)  つぎにいわゆる替玉投票の点についてみるに、当審証人桜庭新蔵の証言によると本件選挙の当日選挙人桜庭ナミが中風で臥床中、同じく佐藤兼蔵は北海道へ出稼中で共に投票しなかつたこと、しかるに当日の受付締切直前に投票受付簿をみるに両名とも投票済となつていたことを認め得るが二田委員長が本件選挙の当日投票所へ出頭することのできない者から入場券を取り上げこれを他人に利用させいわゆる替玉投票をなさしめたことを認め得る証拠はないので右の点から直に本件選挙全体の管理執行が公正を欠くものとなすのは失当である。以上(一)乃至(三)いづれの点からみても本件選挙を無効となすべき理由を発見することはできない。

第六、不在者投票管理の欠陥

(一)  成立に争のない甲第十五号証の二によると、天王町天王部落の安東健蔵が昭和二十八年五月三日町役場において公職選挙法第四十九条第二号に基き不在者投票をなしたことを認め得るが同法施行令第五十五条第一項第二号に則り町選管の二田委員長がこの投票を管理したことを肯認するに足る証拠はない。右不在者投票の手続は、同法第四十九条、同法施行令第五十五条第五十六条等の規定に違反するものといわねばならないが、この瑕疵は右安東健蔵の投票一票のみに関するものであるから後に説明する本件選挙における京谷、二田両候補の得票数の差にかんがみ本件選挙の結果に異動を及ぼす虞はなく、この一事をもつて本件選挙を無効となすことはできない。なお原告は不在者投票函及びその鍵を町選管の職員が自由に扱つていた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく却つて成立に争のない甲第十一号証、乙第六号証の三、八並びに弁論の全趣旨を総合すると、町選管においては不在者投票を保管するため特別の函を備へ昼間は施錠しないが夜間は施錠しその鍵は委員長が保管するなど相当注意を払つて保管していたことを認め得るのでこの点に関する原告の主張は採用できない。

(二)  仮に原告の主張するように出戸投票区の武田タカは選挙人名簿に登載なく選挙権がないのに出戸投票所において右名簿と照合せず投票させた事実があるとしても、これは同人の投票一票の効力に影響があるだけで、この違反は後記二田、京谷両候補の得票数の差からみても本件選挙の結果に影響を及ぼす虞のないことが明白であるから、これをもつて本件選挙の無効原因となすことはできない。

(三)  不在者投票用紙並同封筒請求書取扱の失当

(イ)  原告は昭和二十八年四月二十七、八日頃別紙不在者投票請求書受理後返戻者調記載の四百六名から町選管に対し書面で不在者投票用紙並びに同封筒の請求があつた旨主張し、証人京谷仁太郎(第一乃至第三回)同石黒兼造の証言中には右主張に沿うような部分があるけれども、これは後記甲第九号証の一、二以下の証拠と対照するとたやすく措信できないところであり、その他にこれを認め得る証拠はないのみでなく却つて成立に争のない甲第九号証の一、二、同第十号証の三、同第十五号証の一乃至五、証人後藤基治、同二田亮、同神田平次郎(第一乃至第三回)の証言並びに弁論の全趣旨によると、本件選挙期日は昭和二十八年五月二日に告示されたものであるが(この点は当事者間に争がない)右告示前に書面をもつて不在者投票用紙並びに同封筒の請求をなした者は北海道増毛郡増毛町丸一本間合名会社の漁場に出稼していた石川徳蔵等約三十数名にすぎなかつたこと。町選管においては同年五月一日頃右請求は選挙期日の告示前のものであるとの理由でこれを書留郵便をもつて返送したことを認め得るので原告主張の右告示前の不在者投票用紙等の請求者は三十数名にすぎないものというべく、しからば後記の如く本件選挙における京谷、二田両候補の得票の差は三一八票であるから、町選管のなした右不在者投票用紙等請求の取扱に選挙に関する規定の違反があると仮定しても、これは本件選挙の結果に異動を来す虞はないので、これをもつて選挙無効の原因となすことはできない。

(ロ)  成立に争のない甲第十号証の一、同第十一号証、同第十五号証の一乃至五、証人二田亮の証言並びに弁論の全趣旨によると別紙不在者投票調査書抜萃記載のとおり北海道、群馬県、愛知県下その他遠隔地に滞在する藤原兼太郎等三十八名が本件選挙期日の告示後書面をもつて町選管に対し不在者投票用紙及び同封筒の請求をなしたこと。町選管はこれに対し昭和二十八年五月九日頃右三十八名に宛て郵便をもつて前記投票用紙等を発送したが、本件選挙における各投票所を閉じる時刻までに不在者投票の送致されたものはなかつたことを認め得べく、右認定を左右するに足る証拠はない。而して成立に争のない甲第五号証の一、二、同第十一号証の記載並びに弁論の全趣旨によると、町選管が昭和二十八年五月九日頃前記不在者投票調査書抜萃記載の滞在地にある藤原兼太郎等に宛て投票用紙などを発送しても、右請求者等が投票を終りその投票が町選管の委員長に郵便をもつて送付されたとしても、本件選挙期日たる昭和二十八年五月十二日の投票所閉鎖時間までには間に合はないこと、町選管が速に投票用紙などを発送すれば右請求者等の投票は前記投票所閉鎖時間までに到達することが認められる。この点に関し原告は町選管の二田委員長は実質的審査に名をかり故意に投票用紙などの発送を遅延させた旨主張するから按ずるに二田委員長が二田候補の実子であることは弁論の全趣旨に照し当事者間に争のないところであり、また前叙のとおり同委員長が原告に対する町長解職請求の推進者であつたことに成立に争のない甲第十号証の二、証人大里武雄、同菅野久雄の証言、同京谷仁太郎(第一乃至第三回)の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、同委員長は右請求者等が原告を支持する者であり、その投票がなされるときは原告の得票が増加し二田候補に不利益であると判断しこれが投票を妨げる意思をもつて不在者投票請求書などの実質的審査を口実とし町選管の係員に指示し右投票用紙などの発送を遷延させたものとみるの外ない。尤も被告は町選管において前記不在者投票用紙等の請求書類を調査したところ、添付の証明書は旅行先または滞在地の市町村長の証明したものでなければならないのに個人の証明したものであつたりその他法定の条件を欠き違法と認められるものであつたからその適法違法の調査に日時を要したものであると弁疏する。しかしながら、町選管は右不在者投票用紙等請求書及び添付の証明書などについてその形式を審査する権限を有することは勿論であるがこれがためには右書類を一覧するをもつて足り数日の日時を要するものでないことは吾人の経験則に照して明らかであり、また請求者が果してその請求書に記載した遠隔地に滞在するか否かなどの実質的審査は町選管においてこれをなすべきではなく、不在者投票の送致を受けた投票管理者がその受理不受理の決定をなす際に、また開票管理者が前同様の決定をなすとき審査さるべきであることは公職選挙法施行令第六十三条第七十一条等の規定に徴して明白であるから、被告の右弁疏は到底採用できない。

而して二田委員長の前記不在者投票等請求に対する取扱は選挙に関する規定に違反することは明白であるが本件選挙において二田候補の得票は二、六三六票、原告のそれは二、三一八票であり、その差三一八票であることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争のないところであるから、本件選挙に関する右瑕疵は投票三八票の帰すうに影響するのみであるから、選挙の結果に異動を来す虞はないものといわねばならない。この点もまた選挙無効の原因となすことはできない。

なお原告は羽立投票区の安田吉徳、天王投票区の菊地勝弘の両名が滞在地から不在者投票用紙同封筒の請求をなしたが、町選管が送付しなかつたので帰郷し投票所に赴き投票しようとしたところ、投票用紙の発送を理由として拒否されたがこれは公職選挙法第五十条仮投票(訴状に同法第五十三条とあるのは誤記と認む)の規定を無視したものであると主張し、成立に争のない甲第六号証の四、五、証人京谷仁太郎(第一回)、同安田堅之助、(同名異人二名)同安田吉徳の証言によると原告主張のとおり右安田吉徳、菊地勝弘の両名がそれぞれ昭和二十八年五月二日三日頃滞在地から町選管に対し不在者投票用紙などの請求をなしたが選挙期日は切迫するのに右投票用紙などの送付がなかつたので天王町に帰り、羽立投票所または天王投票所に赴き投票せんとしたところ、いづれも投票管理者からすでに滞在地に向け不在者投票用紙などを発送したことを理由として投票を拒否されたことを認め得るが、公職選挙法施行令第六十四条第二項の規定に徴し右投票用紙などを返還しないと投票所における投票をなし得ないものであることが明白であり、右両名が不在者投票用紙などを投票管理者に返還しなかつたことは前段に認定するところから肯認し得るところであるから、右投票管理者の投票拒否は当然であり、この場合には公職選挙法第五十条の適用がないことは同条の規定自体からみて明白である。(仮に右安田、菊地の両名に仮投票せしむべきものとしても投票二票の帰属に関係するのみであり本件選挙の結果には異動を来さない。)

以上認定説示するところによつて明白なように、本件選挙の管理執行が選挙の規定に違反する点を総合しても、本件選挙の結果に異動を来す虞はないので、(投票の有効無効または帰すうに影響あるものを総合しても二田、京谷両候補の得票の差には達しないのである)本件選挙を無効となすことはできない。

よつて被告県委員会が原告の本件選挙の無効宣言を求める訴願を棄却する旨の裁決をなしたのは正当であり、原告の右裁決の取消と本件選挙の無効宣言の判決を求める本訴請求は失当として棄却すべきである。すなわち民事訴訟法第八十九条を適用し主文のおとり判決する。

(裁判官 浜辺信義 松本晃平 兼築義春)

(別紙省略)

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